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2016-04-30(Sat)

熊本地震 4月30日

午前中歯医者さん。そのままジムに行ってみる。

もちろんまだ休業中。ちょうど店頭で給水中。

この辺りはまだ断水中なのかしら。

私がいつも行ってるジムはモール(といっても平屋ばかり)の中にあり、モールの中のお店はまだまだ営業出来てない感じ。

それでも餃子の丸岡が営業してた!

今夜は車中泊からようやく自宅に戻れて先日ガスも復旧したという友人夫婦と地震の反省会の予定なので40個買って帰る。



帰宅してしばらくするとえらい元気な声が外から聞こえてくる。

窓をあけると、隣の家の壊れたブロック塀の片付けに大勢のボランティアさんたちが来てくれている。

隣は盛り土していて車が入れないので人海戦術で壊れたブロック塀をバケツリレー方式で次々と震災ゴミ置き場に積んでいく。



ボランティアリーダーの元気な声が響き渡りそれだけでこちらも元気になる感じ。

うちの前にリーダーの車が停まっていて、見ると茨城のステッカーや東北のステッカーがたくさん貼ってある。

そういえばこの間鬼怒川の氾濫があったばかりじゃないか。

本当に災害ってのは日本中どこにでも起きる可能性があるんだ・・・。



ボランティアさん達の癒しになればとレオンを外に係留(笑)



若い女性にもふられて喜んでおりました。



今日で4月が終わり!地震も今日で終わりって事で「反省会」と友人が名付けた今夜の飲み会。

こちらがもてなすつもりがオードブルやグラタン、お庭のバラまで逆に頂いちゃった。





話題はやっぱり地震の時どうだったか。

奥さんが話した「そろそろ家の中に戻ろうかって戻ったら♪ピロリロピ~ってご飯が炊ける音が聞こえて笑っちゃった」という話でみんなで笑ったり。

今までも2人とは仲良くしてきたけど、やっぱり同じ経験をしたって事で何か少し親密さが増したような気がした。



それにしても綺麗なバラ。

自然は恐ろしくもあり美しくもあり。

人間がコントロールできるものでありできないものであり。







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2016-04-29(Fri)

熊本地震 4月29日 南阿蘇へ

東北の知人から「こちらに嫁いできている知人のご実家が避難されてる阿蘇の小学校が物資が全然足りてないらしい」との連絡をいただく。

ツイッターの拡散希望もそうだけど、確かにその時点ではそういう事実があっても翌日には解決しているというケースが多い。

情報はどんどん古くなる。

それも念頭に入れつつ物資を積み込んで地震後初めて阿蘇に出かける。



昨日の食べて飲んで第2弾を予定してたからだ。

南阿蘇で南インドカレー(あら!南繋がり)のお店を営む友達のお店もようやく今日から開店!とのことで、こりゃ行かなんたい!と行く予定にしてたのでその途中西原村、南阿蘇村と移動しつつ避難所になっているいくつかの小学校、中学校に口腔ケア関係の物資が足りてるかを聞きながら行くことにした。



めちゃめちゃ良い天気ですわ。

ていうか地震以降曜日日にち感覚に若干うとくなってたけど世の中的にはGWだったんですな!!



うちから南阿蘇村は1時間半くらいで行けるのだけど普段は第2空港線〜西原村から俵山トンネルというショートカットのバイパスを通って行く。

現在地震の影響で俵山トンネルが通行不可。

こりゃ南阿蘇遠いぞーと思ったけど、いやいや通称グリーンロード使えばそれほど時間かからずしかも綺麗な景色付きで南阿蘇まで行けるんだね。



阿蘇自体住宅が少ないけれどやはり古い農家が多いので家屋の倒壊がかなり目につく。

上布田なんて地名を見ると、今までは気にもしていなかったけどこれ布田川断層帯の布田かな・・・なんて思う。



まだまだ断水が続くこの辺の地区。

自衛隊の人たちも本格的に常駐してお風呂を設営してたりする。

かっこええー!!



友人の家は水は湧き水で潤沢にあるけど電気が来ないとか、地震で温泉が枯渇したとか水前寺公園の水が干上がったとか。

地形と水脈って改めてめちゃめちゃ影響しあってるんだなぁと思う。



数件回った小中学校の避難所はどこも物資は潤沢にありきちんと機能している。

東日本大震災の時に思ったけれど、一人ひとりの能力の差はもちろんあれど、日本という国の底力、公務員の能力、使命感はすごいもんだと思う。

お役所仕事と揶揄されることもあるけれど、非常時には臨機応変の対応が必要とはもちろん思うけど「非常時でもマニュアルを堅持することの大切さ」てのも秩序を維持するためには必要じゃないかと思うわけです。



相馬からのキッチンカーも来てくれてたよ。嬉しいなぁ。





途中熊本の乳製品会社「らくのうマザーズ」が営む「阿蘇ミルク牧場」へ。

ソフトクリーム食べたいけど中に入場しないと買えないみたい。

らくのうマザーズの工場も被災しているので入場料350円、ええーい復興支援だと払って中で食べたよ美味しいソフト。

ゴールデンウイークなのにお客さんぽつりぽつりしかいなくて寂しい。





友達のお店は長い間停電していたけれどほぼ無傷。

熊本で一番美味しいカレーは健在。

いる間「大分で震度3」とかニュースが入ったりしたけど揺れる事はなかった。





帰りに「あそ望(あそぼう)の郷久木野」に寄ったら自衛隊の野営地になっていた。

ミーティングみたいなのをしてて超かっこよかった。





もう20年越えのオットの古いバックパックを使ってるので、さすがに新調しましょうやとモンベルで新しいバックパックを調達。

軽くてよさそう。





結婚して熊本に来て23年たつけど、やっぱり熊本の自慢は阿蘇。

友達が来ると必ず連れて行く。

何度行っても飽きることの無い四季折々の雄大な景色。

カーブを曲がる度に違った景色が広がって感動する。

道路が復旧されて早く観光客でいっぱいの元気な阿蘇に戻りますように。





夜は赤ちゃん一家と久しぶりにみんなでご飯。

パパが先に帰っちゃった後ママと夜中までいろんな話を。

ママと赤ちゃんだけお泊まり(´∀`)

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2016-04-28(Thu)

熊本地震 4月28日 益城の避難所と熊本の繁華街

預かった支援物資を非常用寝室の納戸に運び込んでしまったのでまた寝室で寝ることに。



ていうか何日か前にオットが「あー!こんなとこで寝てたらだめだ!ちゃんとベッドで寝よう!」と寝室に戻っちゃったんだけど、私はそのあとも寝てたけどこれを機に日常を取り戻すか!



そしてお向かいの奥さんは昨日3,000グラム越えの元気な男の子を出産!

引っ越ししてすぐ新しい場所でこの地震。不安な中ママもお姉ちゃんも頑張りましたね(´∀`)



支援物資いくつかの避難所に電話をしてみるもかなり潤沢に物資は行き渡っているらしい。

と思っていたらオットがあるクリニックのHPで「〇小に全く支援物資が足りません」という文章を発見。

さっそく電話してみると疲れた声の校長先生が出て「歯磨き粉が全然足りないんですよ。みんなで使い回してる状態で。」との事でさっそく出かけることに。

×小も消耗品はいくつあってもいいのでとのことなのでこちらも行くことに。



〇小についた時はちょうど自衛隊の人達がおにぎりを持って来てくれてたんだけど、ここは他の避難所みたい物資の受付場所も無いし、なにか全体的に統率が取れてないというか雰囲気が暗い感じがした。

役所的なネームプレートをつけてる人もなんだか精気がない感じで、結局避難してる人の中のボランティア(ガムテープに名前書いて貼ってた)おじさん的な人に渡す。

体育館の中は段ボールで仕切りがしてあるようだった。



次に×小へ。

ここはかなり大きな敷地を持ってる。

駐車場がわりのグラウンドへ車を停めるが連日の雨でぐちゃぐちゃ。

後ろのトランク開けたら、ひゃー・・・支援物資が転がり出て泥だらけ(>_<)

わたわたしてたら頭にドナルドダックの帽子かぶったその辺のおっちゃんがタオル持って手伝いに来てくれる。

「すみませんねぇ」「支援物資を持って来たんですが逆にお手数かけまして」などと言っていたら「どうもありがとうございます!わたくし校長の〇〇です!」って。

ええーっ??!!

このおっちゃんが校長先生?^^;

しかしこの校長、只者ではないぞ。すごいムードメーカーだと思った。

(後日新聞に載ってた)

避難所となっている体育館に先導してくれたんだが、行き交う子供達がみな先生に声をかける。先生も子供達に声をかける。

その自然さがすごく素敵で、〇小学校との差をものすごく感じる。



物資受付の窓口もきちんと機能していて高知県の職員さん達が応対してくれていた。

今日から益城町の災害FMラジオ局もオープンとのことで全体的に明るい雰囲気だった。



その後大規模な避難所となっている益城町総合運動公園へ。



駐車場は満杯。空いているところも石やクーラーボックスなんかがおいてあって場所取りがされている。夜はここで車中泊されるのだろう。



ちょうどお昼時で俺たちの吉野家が炊き出しに!





体育館はかなり広い場所だけど通路に毛布を敷いて寝ているお年寄りもいる。

ペットと一緒に避難している人たちもいる。

洋服や支援物資が段ボールに入ってまとめて置かれていたり携帯の充電ブースがあったり。

入口の歯科医師・衛生士さん達による口腔ケアコーナーでは取材する昨日の御客人らの姿も。

別棟に行くとはしゃぐ子どもたちの姿と一緒に遊んであげているボランティア達の元気な声が響く。

壁にはイラストを交えてエコノミークラス症候群に注意!と書かれた体操の仕方や、うがい手洗いの敢行などの張り紙がたくさん。

〇小、×小と違って、一時的な避難場所というより長期的な避難場所となることを見据えてコミュニティ作りが着々と進められている感じを受けた。

帰り道でも他県からのたくさんの支援車を見かける。





家に帰って遅いお昼ごはん食べてから本日の活動報告作成。



さて。

我が家はガスを使ってないので身近に感じなかったのだけど、水に加えてガスの復旧も遅々として進んでいないとのこと。

そのせいでお街のお店は中々営業再開できないと。

そんな中SNSで「本日より営業再開です!」と嬉しいお知らせを何件かオットがチェックしていた。



行くでしょ。

何も力になれない私達の得意分野。

飲んで食べて。



ボロボロになった熊本城も今日からライトアップを再開するらしいとの噂も聞いたけど残念ながら時間が合わなかったのか見られなかった。



2週間ぶりのお街。

14日に一人で来た夜の後に前震があったから。

確かに人通りは普段の2割くらいか。



知り合い姐さんに電話するも行きたいけどまだとてもじゃないけどそんな気になれないということで。

そうだよな。普通みんなはそうなんだよ。でも私たちは奇跡的に被害ないから行くんだよ。



まずはイタリアンBUNZOへ。

お客さんは最初私達以外3人。

結婚が近いお嬢さんのようで、KKRホテル(お城のすぐ近く)で披露宴するから熊本城で花嫁姿前撮りしたという話をしてるのを耳にする。

それは今となっては貴重な写真だよね!という話に「そのとおりだよなぁよかったね」と心の底から思う。

メニューはいくつかの限定メニューなれど美しいゴルゴンゾーラオムレツ。







2件目バーKIBARASHIへ。

少し前から営業してたようだけど、ホテルの1階という立地のせいか被害は少なくボトルもほぼ無事だったとのことで無事を祝って乾杯。

お客さんは他県からの支援の人らしい二人。





上通りのお店も本日より営業がちらほら。







大好きもんじゃの文重庵に行ったらなんと明日からの営業再開らしい!

今日行けなかったのは残念だけど再開おめでとうございます!





傷ついた中にもパワーを感じた中心街だった。

やっぱ現場に行かなきゃですな。





最後はピアノバーtwo fiveへ。

陽気なマスターの相変わらずのキャラに安心する。

お客さんは私達の他に一人だけだけど、どこで地震に会ったか、その後どう過ごしたかなんて話がそれぞれ延々と続く。

みんな話したいんだよね。吐き出したいんだよね。吐き出すことで楽になる。

「micoちゃんのボトルは割れとらんもんね。ひゃはははは!」と出されたボトルを飲み楽しい一夜を過ごしました。



地震の後に100均で買った材料で作ったマスター自慢の耐震ボトル棚(笑)





うちは被害がないから常々申し訳なく思いがちなんだけど、十人十色、誰にも誰の身にも思いにもそれぞれの震災ストーリーがある。

この同じ時に、同じ熊本に住んでいる者同士がたくさん会ってたくさん話して相手の立場をわかろうとして話を聞く。

それってこれからの熊本の大きな力になるんじゃないかって思った夜でした。



日付変わって真夜中過ぎの下通り。

もう少ししたらまた普段の賑わいを取り戻すでしょう。

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2016-04-27(Wed)

熊本地震 4月27日

この頃またよく揺れます。



揺れる度に出ちゃう声は最初のうちは「キャー!」「いやいやいやいやいや」的なのだったけど、最近は低い声で

「おー・・・(来た来た来た揺れとる)」的なちょっと男らしく冷静な感じになってきた(^^;)



レオンの尻尾も下がりっぱなし。





母ちゃん・・・また大声出して・・・





現在熊本市内のホテルはどこも点検中で泊まれるところがほとんどない。

ご近所さんが言ってたけど、避難所になってる学校に神戸から来てくれている市の職員さんは、佐賀市内のホテルに泊まってそこから通ってくれているんだそうだ。



てことで今日は東京から業界新聞の社長さんと記者さんが取材に来るのだけれど、ホテルが無いので車中泊するという所、オットが、じゃうちに泊まってくださいとのことで勝手民泊。



いつも行くゆめまーと、ハローデイ、ロッキーは全てまだ開店していないので、買い物はドラッグモリかな・・・と車を走らせていると、途中あまり行ったことのないスーパーが開店してたので買い物に行く。

結構野菜の品揃えが良くて安い。ほとんどの食品が普通に売ってるけれど、地元の納豆の会社マルキン食品の工場が被災しているので納豆が品薄で買えなかった。明日の朝ご飯にと思ってたんだけど。



それでもかなり料理も普通にできるようになって、久しぶりに宴会料理を色々たくさん作って色々遅くまで話せて楽しかった。

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2016-04-26(Tue)

熊本地震 4月26日

今朝は結構揺れております。



大江のクリニックに全国から集まった草の根経路の支援物資を2次受け皿となって避難所にお届けする事になった。

まずは物資の数を数えて棚卸ししてから車に積み込む。

車に一杯の支援物資はすでに数日前にスタッフさん達が各避難所を回って配布してきたものの残りなのであとは様子を聞きながら補充というかたちになる。

サンプルの小さい歯磨き粉はすごくいい。

後にある避難所では大きい歯磨き粉を使う分だけ紙に出すようにしてみんなで使ってたと聞いたから。





帰りにお昼ご飯、尾ノ上のウエストやってる!

限定メニューなれど震災以降初めてのこの辺の外食屋さんでのご飯。

山かけうどんおいしかったです。

お店が開いてるという当たり前の事にもこんなに喜べるなんて。





大型スーパーも時間短縮で営業を始めるところが増えてきたみたい。





そしてGEOに寄ってみたらようやく返却のみ受け付けるようになってた。

返却期限は4月16日だったから10日ぶりか~。

中は見えないようになってるけど、片付けかなり大変なんだろうなぁ・・・。





夕ご飯は昨日の野菜炒めと切り干し大根の残り。

レタスと挽肉炒め、しめじとほうれん草をスープで煮て温玉乗せ。





小峯公民館でシチューとご飯の炊き出しがあると聞いたけど迷った結果行かなかった。

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2016-04-25(Mon)

熊本地震 4月25日

悪夢を見て納戸シェルターで目覚める非日常。

身体が実際揺れてるのか夢か現実かわからなくなる。

すごく揺れて「パパ!揺れてる揺れてる!5くらいじゃない??!」と隣で寝てるオットに言うと「揺れてないよ。夢だよ。」「違うって!揺れてるって!」「揺れてない。夢、夢。」って言われるんだけど実際に身体が揺れる感覚は大ありで。

目覚めたらものすごくガス臭い。

「危ない!危険危険!」と思ったらねぎだくで納豆食べてるオットが主犯でした。

緊張したり悲しくなったり笑ったりの毎日は続くよ。



昨日の益城の光景を見た疲れがどーんと残ってる。

けど、今日はオットは本業関係のお仕事&震災支援に行くみたいなので、私がしっかり通常のお仕事しなきゃだよね。

てことでマスター更新やファイルのアップロードなど。



地震前に届いてたルクエのブレッドメーカーで初めてパンを焼いてみた。

めっちゃ簡単に短時間で美味しくできた。

断水の間、早く水が出ないかな。出たらパン焼きたいなって思ってたから。

パン焼けて嬉しかったな。





夕飯はいただいた野菜がまだ大活躍の野菜炒め、春雨のサラダ、切り干し大根とコンビニで買った地鶏の炭火焼き。



食事はほぼ普通に戻った感じ。

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2016-04-24(Sun)

熊本地震 4月24日 初めて益城に行った

お母さんの朝ご飯を食べて早めに家路につく。

ミカエル堂の焼きたてパン2斤をうちと赤ちゃん一家用に持たせてもらう。



鏡辺りのもともとなのか地震のせいなのかわからないゴーストタウン。

途中松橋のドラッグストアモリに寄る。

ほぼ野菜も完璧な品揃え。

地震後初めて納豆を買う。



益城の歯科医院に顔出してから帰ろうかと軽い気持ちで行った。

高速道路を越えて右手にすぐ別の歯科医院が見える。

今月新築したばかりでぱっと見たところ建物に被害は無いようだ。

更に車を走らせて別の歯科医院のある惣領まで。

近づくにつれて全ての建物があり得ない方向を向いている景色に心が凍り付く。



車を置いて歩いてみる。

すぐにめまいのようなふらつきを感じる。

私がですよ。

この人の心の機微がわからないがさつで大雑把な女。

その私が心がざわざわして立っている足下からぐらんと地中に飲み込まれてしまうような感覚を覚えるほどのアンバランスな構図。

進撃の巨人達が踏み荒らしていった後のような。





しかし、この数日後訪ねた寺迫地区で更に更に言葉を失うしかない情景を見るんだけど・・・



高台の墓場の墓石が下に転げ落ちていて、これやっぱり昼間だったら犠牲者の数はとても今の数で収まらないと思う。10倍?いや100倍?

前震があったこと、どちらも夜だったこと、これこそ今回の熊本地震の不幸中の幸いと断言できる。



高速そばの歯科医院さんによってみる。

一見被害がないように見える病院は黄色紙が貼られている。

隣に立つご自宅は赤。

うちの近くでは見ないこの住宅に貼られた「赤」「黄色」「緑」の紙。

緑は「調査済み」北側ブロック塀の崩壊に注意などと但し書きはされているけれど建物自体は住み続けて大丈夫というお墨付き。

黄色は要注意。入ったり住んだりするのは自己責任で。

赤は危険。住み続ける事は事実上無理という診断。



建物は新築で被害ないように見えるクリニック。

よく見ると駐車場のあちこちに亀裂が入り陥没している。

聞けば隣を流れる川の方向に向かって日に日に地面がずり落ちて行ってるとのこと。

ご自宅には住めず、現在は北区のお姉さんの家に一家で身を寄せているとのこと。



何も出来ない。

私達は何も出来ない。

「お姉さんの家にみんなで住んでるのなら大人数のはず!」と思った私達は、2斤のパンを「これ、よかったらどうぞ」と渡していた。

せっかくお母さんが私達と赤ちゃん家族に食べさせたいと朝から買いに行ってくれたパンだけど・・・。

けど大人二人暮らしの私達には有り余るパンでもある。

奥さんが「あー!ミカエル堂のパンだ!」とすごく喜んでくれたんだけど出身が八代なんだって。

もうそれだけで嬉しい。よかったーって思う。

不安な毎日を過ごしている所に生まれ育ったなじみの街のパン屋さんのパン。



お母さんには「食べました〜!美味しかったです( ´▽`)。赤ちゃん一家にも渡しましたよ」とまるっぽ嘘ついた。



帰り際「何か足りない物とかあったら言って下さいね、水とか大丈夫ですか?」とオットがほんの気軽に言った。

だってここはうちと3キロも離れてないしうちはもう5日前に水道が通ってる。

「水がまだ来てなくて不便なんですよね・・・。自宅避難されてる患者さんの様子見に行ってお口のケアとかしてるんですけど」と。

自分の所がどうなるか見通しが付かない大変な状況なのにこの2歳の子を持つ若い先生は患者さんの様子を見に回ってる。

なんというか医療人の生き方を見せつけられた気がした。



うちにはお友達が送ってくれた500mlペットボトルがまだたくさんたくさんある。

2リットルのも。

往診には軽いペットボトルが便利なんだそうだ。

「持ってきます!使って下さい」と条件反射的にまた言ってしまう。



せっかく私達にって送ってくれたお水をパンに続いてまたも無断でよその人にあげちゃった。

ごめんなさい。

けど、きっとわかってもらえるかなって。

事後報告でお友達にLINEしたら「よかった!micomicoに送ったらきっと有意義な使い方してくれると思ってたよ!」と言われまたも胸が熱くなる。

あぁ本当によかった。



そしてこの晩私はものすごい悪夢を見たのであった。

ビルの中にいるんだけど、そのビルが倒壊していく。

90度倒れるから身を守るために建物のあちこちに移動したりして、助かってはまた何度も何度も倒壊するという悪夢。

益城を見たからとしか思えない悪夢だった。

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2016-04-23(Sat)

熊本地震 4月23日

自分達の事にかこつけて、更に八代の方が被害が軽微なのにかこつけて、更に個人的に「日奈久断層次ズレ来たら八代壊滅するらしい」というデマ?に惑わされて、おじいちゃん達が「こちらは大丈夫だよ」と言ってくれるのに甘えて。



色々言い訳の理由はあれど、八代に行くのを先延ばしにしていた。



もともと根拠のない恐怖心からバンジージャンプも観覧車も高層ビルも。更には飛行機までぎゃーぎゃー怖がる私ではありますが。



日奈久断層大丈夫かな・・・八代行きたくない。

という私に

「じゃ、俺ひとりで行くわ」とオット。

この状況で離ればなれになるなんて到底耐えられない私は「いやだ!私も行く!でも八代怖い!行きたくない!」とほぼだだっ子状態・・・(^^;)



結局23日昼過ぎから2人で行くことに。

高速はいまだ通行止めなので下道で。

嘉島から鏡あたりを通っていくルート。



途中、自分達の家の周りとは余りにも違う家々の状況に言葉を失う。

散歩ばかりしてて、テレビや新聞で毎日報道されるつぶれた家や落ちた橋を見る事から逃げてたから、実は私はほとんど被災状況を見ていなかった。



前日に会った友達に「お風呂に入りに行ったんだけど嘉島の辺りの被害はまたもう全然違うよ」と言われたのその通りだった。



自宅から健軍、若葉と進むにつれて住宅の被害が酷い。

避難所になっている若葉小の前を通り過ぎる。

古い家の崩壊度がすごくて驚く。







うちも震源に近いけど、これだけまーっすぐにある活断層。直線上にある健軍や若葉は揺れが桁違いだったんだろうな。

嘉島の当たりはもともと田んぼが多くよく水が出るとも聞いたことがあるから地盤も緩いんだろうな。



地割れ?









通行止めで何度も迂回しながら3時間以上かけて八代に到着。

お父さんもお母さんも家もなんともなくて一安心。

ものすごーくしっかりしてるお父さんは、地震に強いハウスメーカーをちゃんと研究して建ててたし、更に家具のほとんどを固定している。

夕飯食べに行こうということになり私の提案で懐かしい焼肉平壌園へ!

外食屋さんが営業してるってのがまずびっくり。

焼き肉食べてビール飲んで、お父さんとお母さんと話して。

八代はやっぱかなり大丈夫なんだなとか思ったけど、帰り道通った大きなホールの駐車場では車中泊の車がびっしり停まってた。



女性が車椅子のお母さんらしき人を押していたのが印象的だった。

この近くのマンションの7階に住む友人一家も日に日に壁の亀裂が大きくなって、ベランダがぼろぼろ剥がれ落ちてくので避難所に行ってるって言ってたし。



なんだかもやもやしつつもそのままふたりで「行っちゃうか!」みたいな感じでボーカルさん(オットがギター)のやってるライブハウス&バーに行った。

八代のお店は結構開いてた。

熊本の中心部はまだ営業できないところがほとんどだけど、やっぱり八代の方はライフラインの被害はなかったみたい。

お客さん私達の他に2人しかいなかった。

でも、ボーカルさんめっちゃ元気で、スティングとかスティービー・ワンダーとかのいろんなライブ見せて「よかろー!」って言ってて、スタッフの人はウイスキー私が飲めるって知ったらレアものとか飲ませてくれて。



「もうね、結婚式の二次会11件全部キャンセルたい。」

と笑いながら明るく言うけど、そうだよな~・・・

お祝い事はお祝い事で予定通りやったらいいのにと思う。

自粛ムード、風評被害は業種によっては本災より酷い二次災害になってしまう事もある。



ボーカルさんの今後の予定には余震とか、これからどうなっちゃうかなんてのはみじんもなくて。

ただただロック&ファンクし続けるだけ。



いつものお店のいつものマスターがいつもの笑顔でいる。店の灯りがついている。

その圧倒的な安心感を感じましたよ。

うん。私もこうありたいって思った。

この人が元気だから大丈夫!みたいな。

そんなパワーを感じた。



お父さんお母さん、ボーカルさん、元気な八代の街を見られて、来て本当によかった。

明け方ゆさゆさ揺れたけどね(^^;)

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2016-04-22(Fri)

熊本地震 4月22日

昨日の雨はやんで赤ちゃんは元気に床を這いずり回ってる。

今日もみんなで朝ご飯!

卵かけご飯、お味噌汁。野菜ジュース。



そして9ヶ月になった赤ちゃんは音楽仲間に支援物資でもらった瓶詰めの離乳食で初めてのご飯体験を。

うまー(^^)食欲旺盛!

これから80年後まで生きるこの子の、おっぱいとミルクのご飯から私達と同じご飯を初めて食べた記念日を今日一緒に過ごせたなんて最高じゃないですか。





赤ちゃん一家が帰った後大分の同業社長がお見舞いに来て下さる。

自分で車を走らせて。

大分別府も大変だと思うけど、それでも熊本市内よりは流通は通常に戻っているのかな?

たくさんの新鮮なお野菜をいただく。ありがたい!

今はメールやLINEでなんでも済んでしまう世の中だけど、「来てくれた」ってやっぱりすごく嬉しくありがたいことなんだなって改めて思う。





その後私達は散歩へ。

校区の小学校は、当初避難所になっていた体育館が危険ということで立ち入り禁止。

避難してる人達は教室などに分散して暮らしてるらしい。

ちょうど自衛隊の車に会い、その隊員さんの頼もしい姿に目が合って思わずにっこり会釈する。

隊員さんも力強く笑って頷いてくれる。





校内ではちょうどお昼ご飯の配食だったけれど、並んでたのは10人いるかいないかという感じ。

先生や近所の高校生達が草むしりや清掃のボランティアを進んでやっているようで、レオンを見つけて近寄ってきた女子達にもみくちゃにされて、まんざらでもないレオンなのでした。

「俺ってやっぱりイケメン癒やし犬だよな」って絶対思ってたと思うw





小学校の運動会は確か5月か6月。

本来ならば入学したばかりの1年生も混じって毎日練習してる時期。

けど今はいつまで続くかわからない休校と、入学して1週間で通えなくなってしまった学校に不安になる新1年生もたくさんいるだろう小学校。

車中泊の車はさすがにもう停まってなかったけれど、目に見えない恐怖や心の傷を抱えてる子供達の事を考えると胸が締め付けられる。

このテントと言えば運動会でした見たことなかったよ。





ご近所との物資のやったりもらったりはまだ続いていて、未亡人さんからは長期保存可能というお豆腐をいただく。常温じゃなくて冷蔵だけど賞味期限が半年以上もある。

森永牛乳の宅配だけの商品なのだそうだ。





赤ちゃん一家からは東京から送られてきたという超サバイバル防災セットをいただく。





散歩から戻ってようやく2階に上がって仕事しようという気になった。

ファイルのアップロードをしていると、この先にユーザーさんがいるんだから更新を続けなきゃという気持ちになる。

地震以来初めて仕事した。

被災していてもすぐに仕事に行った人に比べるとヘタレで申し訳ない。



夕方、ドラッグストアモリへ夕飯の買い物。

昨日あれだけ色々売ってたもんね〜と楽勝気分で行ったら、なんと既に閉店。

そうなんですね。まだ店内修理しなきゃいかんとこや色々山積みなのにそれでも営業してくれてるんです。

だから営業時間は通常より短いんだよ。





この頃より大型店舗のスーパーは徐々に時間限定で営業を始めるようになっていた。

どの店舗も天井が落ちている所が多く、コンビニみたいにコンパクトな建物じゃなくて大空間を作るために面じゃなくて柱で支える建物の脆弱さを感じた。

けど、まだうちの近くで営業している外食屋さんは無し。





てことで、向かいのエブリワンへ。

相変わらずパンみたいにすぐ食べられる棚は空っぽだけど、やはり潤沢に売ってあるザ命・スーパードライ(笑)鶏の炭火焼き、ちくわ、パックのスモークチキン、店内で揚げてるいかフライなど買い込む。





頂いたカット野菜と水菜にチキンを乗せたサラダ、ちくわにこれもいただいたキュウリをいれたおつまみ、そしていかフライソース味うんま!





段々豪華になっていく夕ご飯で日常を取り戻しつつ、このままでいいのか?ボランティア行かなきゃでしょ?と自問自答しつつ、東北には何度も行ったオットなのになぜか今回は大人しくしているっていう気持ちも私もなんとなくわかるような気がしつつも、時々来る余震と暮らしながら今日も一日が終わった。

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2016-04-21(Thu)

熊本地震 4月21日

久しぶりに大きな余震が無く良く眠れた。

まだ洗濯はできないけれど、昨日はようやくシャワー浴びられて、さて新しいTシャツ着るぞ!と着替えようとしたら自分のタンス段ボール貼り付けてて開かないしw

オットのラガーTシャツ借りる。





水圧は戻ったけど、今夜もまだお風呂は無理みたい。







地震後初めてお鍋でお味噌汁作る。

オットは納豆ご飯。私は卵かけご飯。



そして本日は大雨警報。

揺れると2階が怖いのでずっと上がれなかったのだけど、請求書を作らないとと上がってたんだけど、盛り土の上に建っている隣家の2階の付け根にヒビを発見。

前に10月ごろ木の剪定をした時に同じ場所を取った写真を見てみたけどそれにはヒビはない。



この雨で地盤が緩んでいるところだし、ここでまた6クラスが来たら、まぁないとは思うけどこちらに崩れてきたりと言うことも考えて、仕事を切り上げて1階に降り、今夜からは納戸で寝ようと言うことに決定。

納戸の木の棚は分解し、スチールの棚はとりあえず外に出し、テントインナーマットとシュラフ用のマットを敷いて秘密基地みたいな寝室のできあがり。オット大喜び(笑)





お昼は昨日ローソンで買ったもの。

オットは肉うどん。私は月見とろろそば。







戸島のドラッグストアモリに行ったら普通に品物が何でも売っててレジも並んでない。

とはいえ生鮮食料品はまだ無いので、今夜の夕飯用に冷凍のアスパラ豚肉巻を買う。

しかもレジで500mlのお水2本もらった。



やまない雨に濡れる災害ごみ。





昨日の赤ちゃんロス解消のため今夜もお願いして泊まりに来てもらう。

まだお風呂は入れないけど、シャワーを浴びてゆっくりしてもらおう。

久しぶりにお風呂上がりの赤ちゃん受け取ったけどやり方忘れてるし(^^;)

お尻が赤くなってた赤ちゃん。シャワー浴びてご機嫌全開。

フォローアップミルクごくごく。

オトナはビールをゴクゴク。



昼間に買った冷凍豚肉巻きや冷蔵庫にあったウインナー炒めて、食べる物もある。



ギター弾いて歌を歌って、赤ちゃんに寄り添うレオン見て、みんなでたくさん喋って笑って、お皿洗ってシャワー浴びて、オットときゃっきゃ言いながら納戸シェルターで寝る。

幸せだなぁと感じる。なんて幸せなんだろう。

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2016-04-20(Wed)

熊本地震 4月20日

お皿が洗えるのでもうラップ敷かなくてもいい。

お味噌汁でかんぱーい。



レトルトカレーと昨日もらったサバカレーの朝食。

サバカレーは微妙(笑)



赤ちゃん一家は家の片付けもあるしと帰ってしまって私達は散歩へ。

近所の高校へ行くとたくさんの支援物資が山積みされていた。



空港が再開されて久しぶりに青空と飛行機のコラボが気持ちよい。



空き地でテント生活してる人達もいて、日常と非日常が混在している感じ。





知人が龍田にご実家があって空き家になってるから倒壊などしてご近所に迷惑かけてないか心配しているというので様子を見に行くことにした。

北バイパスの陸橋とか怖い感じもしたけれど、地震以来久しぶりの車の運転はとても良い気分転換になった。

龍田の方もやはりブロック塀や古い家屋は同じくらいの被害が出ているみたい。

知人のご実家は外から見た限り被害は無いようだった。



まだスーパーは営業してないけれどコンビニはほぼ欠品無く営業できてるみたいで助かる。

クレジットカードも使えるようになっていた。

野菜などは品薄なのでローソンで冷凍のブロッコリーを買う。

ご近所さんにパンを買って帰る。



赤ちゃん一家が帰ってしまいしーんとなった家で2人で夕ご飯。

いつも2人だけどしーんとしてるなんて感じた事無いので不思議。

冷凍のピザとローソンの唐揚げ、お馴染みにんじんスティックマヨネーズともずく酢でかんぱーい。

すっかり「コンビニでビールを買う」という贅沢に慣れてしまって発泡酒なんてもう飲めないよ(笑)



コンビニの唐揚げって意外と美味しくてびっくり。



水圧がまた下がってしまったので今夜はシャワーは無し。

けれど昨日の状態(右側)からだいぶ水も綺麗になってきた。



オットが寝てしまったら突然寂しくて寂しくてたまらなくなる。

深刻な赤ちゃんロスを発症してしまっていた!

ちょうどそこへLINEで友達から「大丈夫?」と一言。

うるっとしてしまって、震災後2回目泣いてしまったのであった。

前震の夜からちょうどまるまる一週間たったのか。

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2016-04-19(Tue)

熊本地震  4月19日

8時前には起きてみんなでおにぎりで朝ご飯。



赤ちゃんママが持ってきてくれたレトルトハンバーグもあり。

お天気はいいし赤ちゃんはにこにこだし。

ドカンと来てもみんなで「キャー!」とか言ってれば怖さも半減。

私の声が一番大きいなんてツッコまれて笑ったり。



オットが「赤ちゃん家族だけにしてあげよう」と言うので私達はふたりで恒例の散歩へ。

並ぶだろうけど温泉センター「一休」にお風呂に入りに行こうと準備してでかける。

赤ちゃん一家は昨日待たずに家族風呂に入ってさっぱりしたよーって話してるし。

お風呂入りたいなぁ(*^_^*)



近くの指定避難場所山之内公園では物資の配布をしている。



道路には災害ゴミが積まれている。



空にはヘリ。



そしてブロック塀は崩れてる。



途中赤ちゃんママから電話が入り留守中に友人夫婦が訪ねてきてくれたとのこと。

友人もちょうど一休に行ったようで、話では男性は並ばずにお風呂入れるらしい。



案の定女性は2時間待ちとのこと。



オットはすぐに入れたけど、私は待つのはいやなんで潔く諦めて近所のローソンへ。

棚は空だったけど、ちょうど集配車が来て焼きそばやおにぎりなどが並べられ始めた。

もうおにぎりは飽きたけど麺が食べたいぞ!って事で焼きそばなど購入。

そしていつでもどこでも必ず売れ残っているビール買って飲んで待ってた(^_^;)





さっぱりしたオットと合流すると赤ちゃん一家から電話。

ミュージシャン仲間ののところに支援物資が集まっているからいってみようかとの事でパパさんの車で拾ってもらい現地へ。

赤ちゃんの離乳食などいただいて記念撮影。

草の根の民間力のすごさに驚く。



そして近所の丼ご飯やさんでは炊き出しが行われてて、なんだか今日は復興への第一歩スタートの日だよ!て感じじゃないか。





その後赤ちゃん家に寄る。

水槽の欠片は片付けられていたけど、屋上の貯水槽が倒壊寸前てことでなかなか落ち着いて暮らせる状態じゃ無いよねと。

帰宅してローソンの焼きそばと冷やし中華でご飯。



ご機嫌赤ちゃんとオットはギターと歌でジョイント。幸せな時間が流れてる。

ビールだけは潤沢にある我が家で今夜も宴会が始まる。

パックのままのお豆腐に刻みネギを贅沢に乗せて乾杯。





赤ちゃんとレオンは今夜もぴったり寄り添って、ネックレスを引っ張られても我慢強く子守りをするレオンの姿には学ぶことが多かった。



そして笑って歌って飲んでいたらご近所さんから電話。

「今ね、蛇口ひねったらお水が出たよ」とのこと。

えー!!!とやってみると出た!!茶色いけど、ちょろちょろだけど出た!

止まっちゃう前にあわててシャワー浴びに走る私と、たまってた鍋やお皿を猛然と洗い始める赤ちゃんママ(笑)



シャワーを浴びた後は浴槽を洗ってまた断水してもいいようにお水を新たに貯めておく。



5日ぶりに浴びるシャワーはそれだけで幸せで、更にパワーアップした我々不良ミュージシャン達は余震を感じることも忘れて蔵出し画像を見て楽しい時間を過ごしたのだった。

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2016-04-18(Mon)

熊本地震 4月18日

余震はかなり少なくなってきて気持ちもぐんと落ち着いてきた。

朝ご飯はご飯と納豆、インスタント味噌汁。

ラップ最強で納豆ご飯にしてもお腕洗わなくていい。





月曜日ということで朝から旧知の取引先からたくさんお見舞いの電話を頂く。

気にかけて頂くと言うことのありがたみを痛感した。

実家にも恩師や以前の勤務先の皆さん、私を知らない母の友人からも「娘さん熊本じゃなかったっけ?」と毎日たくさん電話をもらっているという。



こういう歌のことは知ってたけれど

 退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です



 悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です



 不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です



 病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です



 捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です



 よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です



 追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です



 死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です



これは真実だと思ったなぁ。

肉体はいつか必ず滅ぶ物だから、他者の記憶の中でずっと生きるような人生を送ることこそ大事なのかも。

愛される愛する、他者に寄り添える、寄り添ってもらえる人格を持てるように毎日頑張ったり落ち込んだり悲しんだり笑ったり。その連続こそが人生といえるのかも。



ツイッターの友人、リアルな友人、私にもオットにも「大丈夫?」といつも心を寄せてくれる友人知人がたくさんいることこそが人生の一番大きな財産だというのを身をもって知りました。



東日本大震災でもよく「だんだん報道が少なくなっていって、忘れられてしまうのかなと思うと不安だ」というコメントを見て、報道が少なくなっていくと言うことは事態が落ち着いていくってことだろうけど、やっぱり報道されてる方がいいのかな?なんてバカな私は単純に思ってた。

けど、復興復旧に関係なく、報道の有無に関係なく常に被災した地域の人に思いを寄せるってことの大切さを知った気がする。



相変わらず水が出ないのでお風呂は入れず、なんだか一日の始まりもあいまいだし洗濯も出来ないしと、ずっと着の身着のまま同じTシャツを着ていたら、オットが「着替えるだけでもだいぶリフレッシュできるよ」との事でよし着替えるか!とタンス開けようとしたら開かねー(笑)



でも普段は割りと汗っかきで汗拭きシート常備、シャンプーも一日しないといらいらMAXな私だけどあまり気にならなかったなぁ。不思議。なんか非常時は分泌系統が変化するのか!?



乳児を抱えたミュージシャン友人車中泊家族に、今夜は泊まりに来ない?とメッセージしてみる。

お風呂も入れないし狭い和室だけど畳の上で寝られれば・・・と。

「ありがとうございます。ちょっともう限界なので嬉しい!」という返事をもらう。

あとで報道を見たら今夜はかなり冷え込むとのことで本当に声かけて良かった。



早速わたしは近所のゆめまーとの店長が昨日言ってた「長嶺のゆめまーとの方が早く復旧できそうです」という言葉を信じて長嶺方面に車を走らせて買い出し。

けどやっぱりここも店頭で1人1品目5点までの販売。

夜の宴会に備えて乾き物つまみ系ばかり買う私みたいな人いなかったよ(^_^;)





国体道路の黒田藩うどんの前を通ると店員さんが「うどん」と書かれたのぼりを手にしている。どうやら営業しているみたい。

コスモス薬局に入ってみると水やトイレットペーパー、赤ちゃん用品など「え?」と思うほどたくさん棚にある。

ただしレジに30人近く並んでいた。



オットは夜、本業の方の第1回地震対策委員会が急遽開かれると言うことでいないけれど、夕方になり赤ちゃんとトイプードル君が我が家に来てくれた( ´▽`)





お家はリビングの熱帯魚の水槽が落ちて水浸し。

一つ間違ってたらリビングを這いずり回ってるこの子を直撃だったかもしれないんだ。

改めて怪我無く命に別状無い状況に感謝して乾杯。

赤ちゃん一家が持ってきてくれた、知り合いに頂いたきゃらぶきと私が昼間買ってきたお菓子類がつまみ。

それと冷蔵庫にあったパックのもずく酢。もちろんおにぎりは大量にある。



レオンは大好きな赤ちゃんに「自分が守るんだ」とばかりぴったりと寄り添っている。

(いやプードル君がお兄ちゃん犬だからw)





そんな光景に心底癒やされ、喋って笑って、テレビ見て報道と現実の違和感を感じ。

オットが22時過ぎに帰ってきてからは更に盛り上がり。

隙あらば自分も赤ちゃんパパに甘えて癒やしてもらおうとするレオン。





明日からの生活のめどは立っていなくてもとりあえず元気だったらギター弾いて歌っちゃうのがミュージシャン。

あと彼らが持ち家とか購入したマンション住みじゃなかったのも深刻にならなかった要因だと思う。

それとやっぱり我が家と気が合うだけあって、どんな状況でも楽しんじゃおうという共通する気質かな。

不謹慎かなと一瞬頭をかすめる時もあるんだけど、誰に対して?何に対して?

もちろん面識も無いけれど犠牲になった方達やご家族をないがしろにするような気持ちは一切無いし、ご冥福をお祈りするばかりだ。

けれど今大事なのは今この赤ちゃんの食料と安全を確保して家族に楽しくのんびり過ごしてもらう事の方だよなって自分に言い聞かせて、つつももちろん自分も楽しんじゃう私(^_^;)ちゃっかりだよなぁ。

電気は安定してるけど常にカセットコンロ準備!あと色々出しっ放しになって荒んでいくのは普段のキャンプと一緒(笑)





揺れはあったんだろうけど感じることも無く全員倒れ込むように爆睡でありました。



いや、あのね、伸び伸び寝てもらうのが目的なんだから添い寝サービスいらないから!

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2016-04-17(Sun)

熊本地震 4月17日

相変わらず揺れ続けているけど震度5はなかったかな。

熊本の友達のツイッターを見ても昨夜は久しぶりにちょっと続けて眠れたというツイートが多かった。

さすがに3日目、寝ないと身体が持たないんだと思う。

昨夜はご近所さん達は近くの税理士事務所が解放してくれた駐車場で車中泊すると言っていた。



断水で困るのはトイレだけどオットがネットで流し方を調べてくれてやってくれる。

コツがあるみたいで私は何度かやったけどできん!

私はほとんど食べてないからかお通じが無くて小さい方だけだともう流さずにそのままにしてたw

適当なタイミングでオットがお風呂から水を汲んできて流してくれる。

介護か!(^_^;)

いやでもうちは家族だけだからいいけどこれ避難所だとこういうひとつひとつのプライベートな問題のストレスすごいと思う。



和室で足元に寄り添って寝ていたレオンも私たちが寝室で寝たのを見届けて安心したように前震以来初めて自分のベッドで寝ていた。リードはつけっぱなしのまま。





久しぶりに二階の仕事場に行くとオットが窓から裏の駐車場の車の横にテーブル置いてカセットコンロでラーメン作って食べてるオートキャンプ状態の男性1人発見。



もともとキャンプ大好きな私たちは何だかその力強い光景を見ていたら元気が出てきて、よし!うちも朝ご飯ラーメン作ろう!という事に。

おにぎりとインスタントのうまかっちゃんネギダクで。冷蔵庫にあった苺(もちろん洗わなくたって大丈夫)のなんて贅沢な朝食。もちろんラーメンは鍋から食べる学生食い。スープまで完食したら鍋はティッシュで拭いておけばはいまた使えますよと。





10時頃ようやく雨も上がったのでみんなで散歩へ。

オットが、家にいてテレビばかり見て怖がってるとおかしくなるな、散歩だ散歩だ!と連れ出してくれた。

これは正解でそのあとも私たちは何度も何度も散歩をして普段とは変わった風景を見てお互いの思ったことや気持ちを再確認するようにたくさんたくさん話をした。

普段からよく話をする方の夫婦だと思うけど、結果的にはこういう事の積み重ねが地震の恐怖からのリハビリになったと思う。

怖かった気持ちを言葉に出して吐き出して共有して、気をつけよう、頑張ろうと言うことの大切さを思い知った。だからこそ独り暮らしの人はどれだけ怖いつらい思いをしてるだろうとも思った。





コンビニもまだ開いてないのでもちろんGEOは開いてないと思うけれどマンガを借りてたのでもしかしたら返却ボックスのような物がないかと思って戸島の方へ歩く。

うちの周囲や息子が通った小学校と公園のある場所とは段違いの被害がそこには広がっていた。

(とはいえ、後で益城に行ったときには更に桁違いの被害に言葉を失うことになるのだが)

そう、このまま歩いて行くとこの方向は震源の益城だ。

我が家は本震の震源地から直線にしてわずか2.6キロの距離でしかない。





壁や建物の近くを歩かないように気をつけながらする散歩は生まれて初めて。

「13年生きてきてこんな事になるとは思わなかったねぇ」と話しかけるけどレオンはいつものように穏やかに笑って元気に散歩してる。



帰りに近くの県立高校に寄ってみたらたくさんの人が避難をしていた。

そこの高校生達がすでに元気にボランティアをしている。

神戸赤十字病院という救急車も停まっていて心強い気持ちになる。

ピクニックテーブルに腰掛けている家族の元へ水を汲んできた男性が自転車に乗って来たら「待って待って戻ってもう一回、動画撮るから。」なんてなんか楽しそうな場面もあったけど、これだけの地震でありながら死者も火災も圧倒的に少ないのは本震の前にすでにたくさんの人が被災した家屋から避難していたことと、地震のあった時間帯だろう。停電になったら次に通電した時のためにブレーカーを落としておくというのも阪神淡路の時の教訓として浸透していたという記事も読んだ。



散歩から帰るとご近所さんに声をかけてみた。

彼女は10年ほど前に新築してご主人と二人で引っ越して来たのだけど、越して間もなくご主人がなくなってしまい今は豆柴と暮らしている。私より少し年上で仲良くしてる。

車も無いのでもし食べる物がなければ困ってるんじゃないかなと、車で一回りしたら気晴らしにもなるかなと思って。

「もうね、何をどうしていいかわからなくて。食べ物もあるようなないような。パンとかあったらいいんだけど」と言うので出かけることに。



すぐ近くのゆめまーとに行列が出来てたのでまずは。

店内は危険で入れないので店頭に中の物を持ってきて100円とか150円とかざっくりした値段がついている。

1人5点以内でレジはなく手提げ金庫みたいなのを使ってる。15分くらいして順番が来たけどもちろんパンは無く、サバ缶とかレトルトカレーとか私は特に欲しい物は無かったので野菜ジュースとラップだけ買って買い物枠を彼女に譲ることにした。



店の中にスーパードライが見えたので買えますかというと350ml6本1000円て事でいつもより安い!

彼女もやっぱり手軽に食べられるパンが欲しい、特に他に欲しい物は無いとのことで結局彼女の分のお茶を私が買い、私の分のビールを彼女が買って精算という分担方式でお互いの必需品ゲット(笑)

もう一軒スーパーを回るけどやはり店内には入れず店頭での販売。



帰り道、コンビニのエブリワンが開いていたので入ってみたけれど棚は綺麗さっぱり何も無い。



ところが彼女が言うには「もうすぐパンが焼き上がるのでみんな待ってるみたい」とのこと。

私はパンはいらないし、あまり寝てない食べてないだし糖分をとっておかなくちゃと思い普段は買わない飴を買った。それと棚にひとつ残ってたインスタントの卵スープ。

ようやくパンが焼けたようで店員さんがトレーに乗せて出てきた途端みんなの手が伸び一瞬で終了。

それでも彼女は1個だけ買えたようだった。



オットからの情報で長嶺中で給水をしてるとのことで帰りに寄ってみたけれど炎天下100人近い行列が出来ていた。やっと自分の番が来てもタイミングで水が終わってしまったらまた次の給水車が来るまで待たないと行けないようで、いやーこれは無理だ帰りましょうということに。



帰宅して「うちにおにぎりたくさん握ってあるから持ってってください」と言って家に入ったらオットが「ごめんお昼にみんな食べちゃった(^^;)」って・・・

炊きたてのご飯もお釜に入ってるので大きめのタッパーにいれてペットボトルのお水と一緒に差し上げる。

今回足りない物ないですか?困ってませんか?とお互い声を掛け合うことで、結果的にいつも頂き物が家にある状態だった。こういう信頼関係ってすごく大事だなと思った。

見返りを期待して物を差し上げるわけじゃ無いけれど、お互いが感謝の気持ちで自分が出来る事で返そうって思ってる人ばかりが住んでいるこの場所は、もちろん前から思ってたけど改めて住みやすい場所だなぁと思った。



夕方彼女が来て「山ノ内公園で給水してるよ。並んでないよ。」とのことで車でポリタンクを持って行ってみると消防団のはっぴを来た人たちがいた。煮沸すれば飲めるとのことで、うちはまだ飲み水はあるけれどトイレと手を洗う追加用にいただいた。



帰ると今度は別のご近所さんが「角の整体のお店のところで支援物資配ってるよ」との情報。

ご近所情報すごい!

みんなで行ってみる。

福岡からのNPO法人さんみたいでスマホで配布してるところを動画を撮って「じゃ、フェイスブックあげときますね」なんてやりとりしててSNSもすごいなぁと思う。



お米やおむつ、ガスボンベ、水など配っているけれどなにか自分は被災者じゃないし特に物が足りなくて困ってるって事もないもんなぁと結局何ももらわずに見学だけして帰ってきた。

夫婦2人で健康てのもあるから、これからは全てにおいて遠慮しようと思った。

乳幼児、高齢者、ケアが必要な人達の安全がまず確保されないといけない。

ていうか私って結構まとめ買いして買い置きしておくタイプなんだなと知る(笑)



そして夕飯は冷蔵庫にある大根とニンジンの野菜スティックをマヨネーズで。

普段マヨネーズってあんまり食べないからかほんとこれ美味しく感じた。ハムもある。

更に舞茸とえのき、これも洗わんでえーやろ!と手でちぎってラップを敷いたお皿に乗せて刻みガーリック入りオリーブオイルをかけてレンジでチンして豪華なイタリアン夕食。昼間買ったビールもあるし。そしてなぜか必ず「おつかれー。乾杯!」とするとガガガッと4くらいで揺れるのはなぜ(^_^;)





八代のマンションに住む友人は建物に亀裂が入り避難所にいるという。

熊本市内のやはりマンションに住む友人は1階のエントランスに布団を敷いて寝ているらしい。

高層階は揺れが大きく怖いのと、いざという時の出口を確保しておきたいからだ。

寝室でぐっすり眠れた私たちはやっぱりかなり恵まれてるんだ。

うちはお水が出ないけど家はどうもないから遠慮せずいつでも泊まりに来てと伝える。



昨夜久しぶりにぐっすり寝た私に、朝起きてオットが「久しぶりにお前の寝息聞こえて安心した」と言ってくれた。オットに守ってもらってるばかりだと思ってたけど私も誰かを安心させることが出来るんだなって思ったら嬉しかった。

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2016-04-16(Sat)

長かった本震の後の一日

眠れないまま6時になったのでオットと散歩に出かける。

前震の時は一見目に見える被害はなかったようだけど本震の後はうちの周囲もかなりの揺れだったことがわかる。



すでに人々は片付けを始めていて「片付けはできるだけ後回し」気質の私とは皆さん違うことに気づかされる(^^;)

避難場所にもなっている近所の公園は車がたくさん停まっていた。

車中で夜を明かした人たちだろう。





さすがに眠くなってきたけれど15分に一度くらい余震があるので全然眠れない。

うとうとしても揺れるとはっと目が覚めてしまってしんどい。

外に出て車で寝たいという私に、オットは家と車と比べたら電柱倒れてきたり隣の石垣崩れてくるだけで車なんかつぶれちゃうよと説得してくれる。頭ではわかっていてもドン!ガガガ!と家が揺れる恐怖の方が、車の中でゆさゆさ揺れるのより大きい。



結局近所のスーパーの広い駐車場に車を停めて30分くらいぐっすり寝る。

その間オットはレオンと散歩。墓石があちこちでごろごろ転がってるらしい。

でもこの時ぐっすり眠ったせいか頭がスッキリして少し元気が出てきた。

停電の時のためにカセットコンロのボンベの予備を買いに出たけど店はどこも開いてない。

緊急地震速報がガンガン鳴ってそのたびに車が揺れる。

昨日ガソリンを入れたスタンドは長蛇の車の列で、店員さんが「ここまででガソリンは終わりです」と走って行って告げている。

妙に現実感が無いというか自分のまわりでこんな災害が起こっているなんてまだ信じられないというか。



家に戻ってオットが納戸の扉をこじ開けるのにトライ。

二つの棚にキャンプ道具などを収納してるんだけど結構雑に積み上げてたので崩れたのが扉を開けるのを邪魔してるみたいで。

「傷ついちゃってもいいよね」とオットが言うのでもちろんと。

最後は蹴倒して開けてもらった。

レオンの餌やキャンプ道具。非常用持ち出し袋、そしてダンボールに入ったペットボトルのお茶24本!

2人で大喜びで「おっしゃー!サバイブするぞー!」とまた元気が出てきた。

棚の上から物が落ちて扉を開けたらこの状態。





停電にならないうちにとりあえずご飯を炊いておこうと。

無洗米5合にペットボトルの水を入れて炊くってなんか贅沢。

炊きあがったら全部おにぎりにして、内釜は洗えないけどもう一度そのまま5合炊く。

ご飯大好きオットは更に元気に。



すでにこの頃には揺れてないのに身体が揺れているように感じるいわゆる「地震酔い」にもなっていて、私たちは頑丈なキッチンのカウンターの上に飲みかけのペットボトルを置いてそれを地震計にした。

「揺れてる・・・?」水面が揺れてないと「おー・・・揺れてない」なんて言いながら。





午後になって、近所の音楽友達一家が訪ねてきた。

マンションの4階で大きな熱帯魚の水槽が落ちて割れるわ天井は剥がれ落ちるわで、駐車場で車中泊してるとのこと。9ヶ月の赤ちゃんもいるし片付けるにも何から手をつけて良いかわからず、「やること無いから駐車場でビール飲んでたよ」とさすがは数多くの修羅場をくぐり抜けてきたであろう先輩ふりょおミュージシャンの言葉。

私はこの言葉と、いつも通りゴキゲンでニコニコの赤ちゃんとそれに寄り添うレオンを見てたら「子どもやレオンを守るべき存在の大人の自分がこんなビクビク怖がってたらだめだ。命もあるし怪我もしてないし被害もないじゃ無いか」と猛反省。

いつもみたいに元気出して笑っていかなきゃ。



ここでこの先何度も使うことになる「被災地に住んでるけど被災者じゃ無い私たちができることをやろう」という名言が口から出てきたのであった(笑)



それでも揺れはいっこうに収まらず、更に今夜から明日に架けて暴風雨の予想と・・・・。

やっぱり車で寝たいと言う私をオットがこの家は頑丈だから大丈夫と訥々と説得。

ようやく私も納得して、家を建てたときの設計士さんに電話をすることに。

まず安心なのは2階の乗ってない寝室、たとえ隣の家の石垣が崩れても、それを計算して距離を取って建ててるので大丈夫ですよと言われる。更にもっと安全なのは納戸ですと力強く言われる。



すっかりテンションが高くなった私は、本当なら今ごろ高知で会議に参加してるはずのオットがスカイプで2時間くらい遠隔会議に参加してる間に納戸の整理をしよう!と思い立った。

整理と言っても主のいない息子の部屋に荷物を移動させただけだけど(^^;)

怖い怖いと座ってテレビばかり見てるより、身体を動かして片付けしてた方が揺れも気にならなくなる事に気づく。

何も無くなった納戸。





心配性の実家の母に電話してたら、ちょうど高校の時の友達が母を元気づけに来てくれてたところだった。

お見舞いの電話も母の所にたくさんかかってきてるという事で、友達のその優しさが嬉しくて電話を変わってもらって明るい声を聞いたらなんだか胸が一杯になって最初の地震以来初めて涙が出た。



2人で話し合って今日は寝室で寝ようということになった。我が家は崩れることはないと思うけど、隣に盛り土して一段高くなっている古い家があってそれが崩れてくるのが危険案件。すでに外の物置が倒れていて境界のフェンスでぎりぎり支えられてる状態だし、瓦も飛んでくるかもしれないと言うことで、いちおうガラスに目張りを貼ったりタンスの引き出しが飛び出さないようにベッドをくっつけて、空いたスペースはキャンプ道具などを敷き詰めて更に大きな揺れに備えた。





今考えると私の頭の中は1回目2回目、そして今夜は雨もひどいし更に大きな地震が来てもおかしくないと考えてた。そして息子にもし私たちに何かあったときのために加入している保険会社と会社の顧問税理士さんの連絡先をLINEで伝えて、やることは全部やったよね!と2人で冷蔵庫にあった野菜を洗ってないけどそのまま切った野菜スティックをマヨネーズで食べて(最高に美味しかった)、おにぎりを食べて、ビールを飲んで、ヘルメットなどかぶってみてようやくいつもの自分たちに戻った。



ヘルメットはこの家を建てた時の現場監督さんにもらったもので、かぶったらこれまたテンションあがり元気が出た。





ビールの酔いも手伝って12時前には就寝。





そして14日の地震の後初めていつものようにベッドで4時間ほど続けてぐっすり眠ることができた。

心配した雨もそれほどではなく、明るくなっていく空に鳥の声が聞こえてたのをよく覚えてる。

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2016-04-15(Fri)

本震 15日~16日未明

充電が切れないようにずっとコンセントに差し込んだままのiPhoneを握りしめて目が覚めた7時頃~1時間くらい寝ようかどうしようか考えながらツイッターのリプなどを。

まだぐらぐら揺れるけど朝が来たと言うだけでちょっと元気が出てくる。

納戸の引き戸が開かないのでレオンの餌とお米がないやという事でスーパーに行ってみるも(もちろんレオンも一緒)開いてない。地震の影響かなぁと思ったけどよく考えたら8時半で開店時間前だった。

特に意識してなかったけどそうだガソリン満タンにしておこうとスタンドへ。

家に帰るときご近所の瓦が結構落ちてたんで写真撮ってオットに送ったり。





もうこれで地震はおしまいと思ってたので、オットには今夜のコンサート見ておいでよ大丈夫だよと何度も言うけど午後イチの便で帰ってくると言う。

結果的にオットの判断は正しかったのだなぁとその後の本震、熊本空港閉鎖など考えると心底帰ってきてくれたことに感謝。





それにしても南三陸の語り部さんの話を2日前に唐突に思い出してスーパーの安売りで買った2リットルペットボトル12本を納戸に入れず玄関に置きっ放しという、このあたしのいい加減な性格のおかげでその後の断水時の安心感が半端なかった。

お風呂の水が満タンに残ってたのもトイレを流すのや手を洗うのに役立った。

結果的に色々ラッキーが重なりかなり余裕を持って暮らすことができた。

余震の間隔は少しずつ減ってるような気がするけどそれはそれで怖い。

眠くならないのでガラスを片付けたり掃除機を掛けたり。



10時半にもう一度スーパーに行ってレオンの餌とお米を買う。この時点では全く普通に買い物できていた。

お米ねぇ。ほとんどオットしか食べないから安いのでいいやと思って5キロ1580円のを買おうとしたら何の気なしに無洗米が目に入る。1880円か。割と安いね。でもねー。うーんと悩み、ま、初めてだから買ってみっかとレジへ。後々断水になりこの時の何の気なしの判断・・・。やっぱりあたし持ってる(゚∀゚)



ちょこっと寝てテレビなど見ながら時々ドーンと突き上げるような直下型の音に怯えながら、オットを迎えに空港へ。

初めて自衛隊の「災害派遣」と書いてある車を見かける。



オットはお風呂に入ってちょっと昼寝して、20分間隔だった余震も3時間間隔みたいになってきて、「俺完全に乗り遅れた感だなぁ」などと言いながらお土産に大坂で買ってきてくれた餃子で夕ご飯。



普通にオットは早寝して私は例のごとくだらだら夜更かし。

1時頃和室の布団に潜り込んで寝不足なのですぐに爆睡。反対にオットは目が覚めてスマホいじってたみたいで。

そして突然、本当に突然(オットは起きてたので地響きが聞こえたて言ってた)家全体を爆撃されているような「ゴガガガガガガ」というものすごい音と揺れを感じた。



長く長く続いて「いやいや!怖い!怖い!」と言う私をオットが抱きしめて落ち着かせてくれる。揺れは収まらず「ガシャン!」という何かが割れる音がしたのと電気が消えて真っ暗になったのと同時だった。



揺れがひとまず収まった後iPhoneのライトを頼りに怪我をしないように玄関まで行く。レオンも連れて行く。



昨日と同じくご近所さんがみんな外に出てるんだけど昨日とは明らかに違う「これから一体どうなるの?何が起こるの?」という不安が滲み出てる。

地震は一度起こればあとはそれで終わりというのが大部分の人の認識だろうけど、最初のより桁違いに大きな揺れに襲われたのだ。

更に何度も何度も地面が足元で揺れ続ける。

そのたびに「もういやだ~」「また揺れてる!怖い~」と女性達から声が上がる。

ご近所の豆柴タロちゃんも出てきてたのでレオンと一緒にうちの車の後部座席にしばらく乗せておく。





ガス臭いのに気づいてみんなで慌てているとお向かいさんが「うちのボンベが倒れてました」と言って一件落着。

オットが一人暮らしの人や高齢のご夫婦だけのおうちに大丈夫かどうか声を掛けて回る。



うちの前の電柱二本が倒れてきたらどうしようという事で気をつけながらみんなでお向かいさんの家の駐車場で集まって過ごす。

お向かいさんはまだ引っ越してきて1ヶ月経ってないけれど、取り壊して新築する前は崩れそうなブロック塀があったのでそれがなかったのは不幸中の幸い。



2時半くらいになって電柱の街灯がついてるのに誰かが気づき停電が直ったのを知る。揺れもだいぶおさまってきたのでとりあえず家に入りましょうかと言うことに。

最初は土足で入ってたけどある程度掃除機をかけてあとは靴下とスリッパをはいて怪我の防止。

電気は来てるけど断水していた。

家具が作り付けで鉄筋コンクリート、地盤強化の工事もした我が家は本当に被害がなかったけど、みんな口々に「食器が全部割れた・・・」「レンジが落ちて壊れた」「もう片付けは後にして寝る~」言いながら解散。



間接照明が落ちたけど割れてはいなくてテレビなんかも倒れなかった。



冷蔵ショーケースは完全に動いてて、東西方向、南北方向両方に揺れたのがわかる。

なぜ普通の家に冷蔵ショーケースがあるかというと。

お洒落なバーみたいな感じでビールとか冷やしておこうと買ったんだけど、通電したら音がでかいでかいw

なので常温の食品のストック庫みたいになってる。ダサいw



2階の仕事場はパソコンのディスプレイが落ちたけど割れても壊れてもいなかった。

親戚に新築祝いにもらった時計は棚から落ちて本震の時間で今も止まったまま。



眠れないしテレビを見てると何度もゆれくるが鳴る。

「本震」「前震」という言葉を生まれて初めて聞く。

揺れるたびにテーブルの下に隠れる。だんだんレオンも一緒に隠れに来るようになったのがかわいい。

けど、だんだんテーブルの下に隠れても意味がないんじゃ?という気になる。

結局朝まで一睡もできず。

神経が昂ぶっていて眠くもならない。

オットが一緒にいてくれて本当に良かった。1人だったら怖くて不安で仕方なかったと思う。



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2016-04-14(Thu)

熊本地震 14日前震

超超二日酔いのオットを乗せて空港へ。今日から大坂出張&ブライアン・ウィルソンコンサート。



その足で私は日赤健康診断へ。



いよいよ明日「小坊主」のボトルが期限切れてしまうというので一人で街へ健康診断終了記念呑み〜。

まるぶん書店でちょうど見つけた東村アキコの「かくかくしかじか」1~4巻買う。

外の席で風が気持ちよくまだ蚊もいないで素敵な音楽が流れてて夕暮れで、すごく良い時間を過ごしながらかくかくしかじかを読む。ボトルもちゃんとあったし。しかも小坊主ってチャージとらないし焼酎の水氷代も取らないんだね。



そのまま日航前からバス乗って家ついてシャワー浴びてコンタクト外したところ、バリウム検査の後にもらった下剤が効いてきてトイレにこもったままいつもの寝落ち・・・・



突然「ガタガタガタッ!!!」という音と身体が激しく左右に揺さぶられて寝ぼけつつも「何ごと?!」と目が覚める。地震とはすぐに思えなくて何がどうしたのやらまったくわからなかった。

けど、すぐに全然慌てず冷静にまずトイレを流し(石垣島流せなかった事件の教訓か(^^;))ユニクロブラトップのワンピースをパジャマにしてるのでそれを脱いでジーンズを履きなぜか「防寒」というワードが頭にあったので長袖のトップスに長袖シャツを重ね着。

眼鏡かけていつも持ってるバッグにお財布、コンタクト、使い捨てコンタクト、モバイルバッテリーとコードを確認しながら入れて、レオンを呼び寄せリードをつけて家の外へ。←かなり冷静だった。地震ってわかってたのかな。なんだかいまいち記憶があやふやだけど、とにかく外に出なきゃって気持ちだった。



ご近所さんみんな家の外に出ていて「怖かった~」「お風呂に入っとったらもう突然だもん」「いやいやいや!また揺れとる~」と口々に言いながらもそれでもここは大きな被害がなかった場所なので、久しぶりにもう大きくなって最近見かけなかった中高生とかも出てきて「えーっ!?しばらく見ないうちに~大きくなって」などと「怖かったけどこれで終わった感」と、なんかご近所さん集まってちょっと高いテンションで1時間くらいわいわいやってた。



どうしましょうか、小学校に避難しましょうかなんて言ったりしたけどとりあえず電気もついてるし解散。

冷蔵ショーケースが半分くらい出てて、食器棚や食洗機が開いてたけどワイングラスが1個落ちて割れたくらい。後で考えたらよその家に比べたら奇跡的だと思う。

ギターや譜面台も倒れてたのでオットに言ったら全部横にしといてというのでその通りに。

片付けは明日やろうと寝ることに。





でも15分間隔くらいで地鳴りがして余震が来て怖くて怖くて。全然眠れなくて、和室で服のまま靴下もはいて横になってたけど0時3分の6強の余震が下からドーンと突き上げられるようなやつだったので怖くて怖くてクルマの中に避難。

うちは鉄筋コンクリート造りなので揺れないかわりに(揺れるけど)ガガガガッという衝撃がすごい。

レオンが見当たらず探したら2階にいたんでそれからはずっとリードをつけたまんまにしておいた。

外に出た時に引っ越して来たばかりのお向かいさん一家も出てきて「今のはちょっとやばかったですね」とご主人。聞けば専攻は地震工学とのこと。オットがいない時だったんで心強かった~。



ありったけのダウンを車に積んでロングのダウン着てクルマの中でうとうとしながらレオンとゆさゆさ揺られてたけど、オットが車より家の方が安全だと思うよ、と言うので1時半頃家に入ることに。

ちょうどお向かいさんも大丈夫かな家に戻ろうかなというところだったので安心して私も家に。

奥さん臨月なのに車の後部座席で可哀想だった・・・。

レオンもお向かいの2歳のお嬢ちゃんもまったく泣いたりせずじっと我慢しててすごく偉かった。



ずっと東へ向かうヘリの音がたくさん聞こえて少し勇気が出る。3時くらいからようやく眠れた。怖かった。

レオンがずっと足元で添い寝してくれた。

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micomico03

Author:micomico03
旅とおいしい物とおいしいお酒を愛する、昭和30年代最後のぎりぎり生まれちゃん。
好きなものはドラマ、あまちゃん・デスパレートな妻たち・アグリーベティ。一人旅、夫婦旅。

自信のあるところは体力と気力。自信のないところは継続的努力。

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